تسجيل الدخول「……と、いうわけですの」
「…………」翌日。
私は談話室にて、お母様とお兄様たちを前にして、冷や汗を流していた。 半ば尋問のような雰囲気の中、ローエンマイン様についての全てを説明し終えた私に、沈黙が重くのしかかる。 こんなことになったのは全て、今私の膝で満足そうに丸くなって喉を鳴らしている、ローエンマイン様のせいだった。 結局、一晩中契約を迫られ、断り続け……そんなことを続けている間に朝になり、私の様子を見に来たお母様に対して、あろうことかローエンマイン様がしゃべったのだ。「……む? ジュリエッタの母君か。世話になっている」――と。
当然、お母様は驚き、猫がしゃべったと悲鳴を上げ、それを聞いてお兄様たちがばたばたと駆けつけてくる騒ぎとなり……。
あれよあれよという間に、朝食を兼ねた軽食が並べられたこの談話室にて、取り調べが始まったのだった。(もう……どうしてこんな目にー)
嘆いたところで、ローエンマイン様が神獣であることには変わりない。
彼を助けると決めたのは私なのだから、責任を取らないといけない、とも思っている。 でも……。 ちら、と、正面に座るお母様たちの顔色を窺う。 お兄様――上のお兄様が深い溜息を吐いたのは、その時だった。「――ひとまず、事情はわかった」
「アルト兄様……」上の兄――長男アルト・ユロメアは、私と同じハニーブロンドに新緑色の瞳の美男子だ。
頭脳明晰なお父様の部下として、また王城にて政治に関わる出世頭として、社交界でも人気の独身男性。 そんな完璧人間の長兄に続いて、下の兄――次男ウォルター・ユロメアが、静かに頷いた。「やはり、リーエは天使のように優しいのだな。さすが俺の妹だ」
「ウォルター兄様……!」 「なんだリーエ。俺は間違ったことは言っていない」ウォルター兄様は、新緑色の瞳に、お父様譲りの短い茶髪をツンツンさせている。こちらももちろん、アルト兄様と別タイプの美男子として有名だ。
ウォルター兄様は、アルト兄様とは正反対で、王宮騎士として勤めている。本来ならばもう、どちらの兄も出勤していないといけない時間だったと思うのだが……。「そ、そんなことより、兄様がた。もうこんな時間ですし、お二人とも仕事に遅刻されてしまうのでは……」
「リーエが心配することはないよ。こんな一大事なんだから、妹を優先しなくては」 「いえその、それほどのことではないと思うのですが……」 「何を言っているんだい!君の元に神獣殿がいるんだ、これを一大事とせず何が一大事なものか」アルト兄様の熱弁に、助けを求めてウォルター兄様へと視線を向けるが――。
「…………」
やはりというか、ウォルター兄様も静かに頷いているだけだった。
そう、この兄たちは、私に対して超がつくほど過保護なのだ。 大切に愛されている――それについてはいつも感謝している。が……度々このように、仕事より何より妹である私を大切にしようと、度が過ぎた愛を発揮してくる。(私より、仕事を優先して頂きたいのに……!)
頭を抱えたくて溜まらなくなったころ、ぱちん、と小さく、扇子を畳む音が場に響いた。……それまで、沈黙したままでいたお母様だ。
ユロメア公爵夫人として、社交界いちの美人とも言われている、お母様。 私やアルト兄様が譲り受けた、ハニーブロンドの髪と新緑色の瞳を持つ、絶世の美女だ。(お母様なら、お兄様たちに王宮へ行けと言ってくださるかも……!)
しん、と場の視線がお母様に集中する中、彼女はつい、と背後に控える侍従へと視線を流した。
「王宮へ通達を。執政部と騎士団へ、アルトとウォルターの休暇申請を出してきなさい」
「かしこまりました」 (違う、そうじゃない……!)期待したのと違うお母様の言葉に、私はずる、と長椅子へ崩れ落ちそうになった。
私とは違いお兄様たちは、その言葉にわっと喜びの声を上げている。「さすが母上!ありがとうございます」
「感謝します、母上」 「よいのです。リーエの一大事は、我がユロメア家の一大事ですもの」しゃらりと美しいお母様の声に、私はがっくりと項垂れた。
線が細く、真っ白な陶器のような肌に輝く髪を結い上げたお母様は、ゆったりとした仕草で扇子を置くと、満足そうに微笑んだ。「それにしても……なんと聡明な神獣様でしょう。あの聖女ではなく、我が家のジュリエッタを見初めてくださるなんて。さすが神の遣いですわ」
「当然のことだ。ジュリエッタほど心の美しい娘はそうそういないだろう」 「そうでしょう? 我が娘ながら、本当にできた子で……。わたくしも、例の聖女には何度かお会いしておりますが、あの方の元では、神獣様もお辛い思いをされますでしょうね」 「そなたもそう思うか?」 「ええ」出会い頭こそ悲鳴を上げたお母様だったけれど、今や何事もなかったかのようにローエンマイン様と談笑している。
公爵夫人として社交界を制してきたのは、その美貌によるだけではない――と、言われるだけの威厳と器がある女性だ。 ……なんて、眠気の残る頭で現実逃避のごとく、そんなことを考えていた私を、突然くるりとローエンマイン様が仰ぎ見てきた。「なぁ、ジュリエッタ」
「な、何よ……」青く澄んだ瞳が、潤みながらこちらを見上げてくる様に、ぎくりと肩を揺らす。
まだ子猫姿の神獣は、きゅううんと小さく、哀れっぽい鳴き声を上げた。「俺との契約は、いつ交わしてくれるんだ?」
またその話か、と、私は弱り切った顔になってしまう。
「……ローエンマイン様。そのお話は、もう何度も……」
「俺のことは『ロロ』で良い、と言っただろう? ああそうだ、お前に一晩中、契約を拒まれて……」よよよ、と私の膝で器用に泣き崩れる、ローエンマイン様。
「何度も言ったじゃないか。俺はもう、お前以外の者と契約するつもりはない、と……」
「私も何度も、お答えしてるじゃないですか……。そんなこと言われても困ります、って」 「あら、どうして?」一晩中、うんざりするほど繰り返した問答に、お母様が静かに入ってくる。
「どうして、と言われましても……。私は聖女じゃありませんし」
「いいじゃない、聖女でなくとも。神獣様がここまで仰って下さっているのだし」 「ですが……」 「何を躊躇っているのかわからないけど、いいじゃないか! 私はリーエが、……あの聖女ではなく、私のリーエが! 神獣様に選ばれるのは当然だと思うぞ!」 「アルト兄様まで……」お母様の言葉に、アルト兄様までもが拳を握り熱弁してくる。沈黙したままのウォルター兄様もが、うんうんと首がもげそうな程力強く頷いていた。
「……失礼ながら、お嬢様! 私も、お嬢様が神獣様に選ばれるのは当然のことかと思います!」
「マーサまでそんなこと言って……!」私の背後に控えるマーサまでもが、ローエンマイン様を援護してくる。
(ああもう、この人たち相手じゃまともな話ができないわ……!)
周りからの期待に満ちた眼差しに、私はついに頭を抱えてしまった。
皆、神獣と私が契約を交わすということがどういうことか、わかってない。聖女のアリサがいるというのに、ただの、いち貴族令嬢の私が、神獣様と契約を交わしなんてしたら、国中大騒ぎになってしまうだろう。 なぜ聖女のための神獣が、ただの貴族令嬢と契約したのか、とか。 なんなら、ユロメア家が勝手に神獣を誘拐しただとか理由をつけられて、王家から断罪される可能性だってあるのに――!「皆、俺に賛同してくれているぞ、ジュリエッタ。ほら、諦めて俺と契約を――」
「待って下さい、ローエンマイン様! これは、そんな簡単な問題じゃないんです……!せめて、お父様にも相談を……!」普段から私のことを甘やかすことしか考えていない彼らではなく、立派に王の補佐官を務めているお父様なら、まだ現実的に考えてくれるのでは、と思った発言だった。
お父様は普段から王宮に寝泊まりしているから、昨日屋敷に来てくれたときもとんぼ返りだったし、きっとお忙しいだろう。まずは手紙で事情を説明して、都合をつけて屋敷に来てもらおう。 ……と、自分の考えを発言しようとした、その時。 ばたばたと突然、部屋の外が騒がしくなったかと思ったら――。「リーエ!ジュリエッタはどこだ!」
「……お父様?!」ばん、と勢いよく開かれた談話室の扉から、王宮にいるはずのお父様が、青い顔で飛び込んできたのだった。
ガゼボでの婚約宣言直後、私は大忙しになった。 宰相である父と、あの場に集まっていた皆全員で謁見の間へと戻り、国王陛下と王妃殿下へと報告をしたのだが……お二人はあまりにも喜んで泣き出してしまい、もの凄く焦った。 叔母様の元へ永住するつもりで荷造りしていた私の荷物は、謁見の間であたふたしている内に、ちゃっかりと第一王子の宮殿へと運び込まれていて、この日からもう、私は王宮で暮らすことになった。 レイからの強い希望なのが一番だったが……嬉し涙が止まらなくなってしまった王妃殿下に縋られたら、さすがの父も否とは言えなかったようだ。 急遽開かれた王室の晩餐会には、屋敷に残ったままだった母も招待された。 母は微かに目を潤ませながらも、私の手を取って微笑んでくれた。「殿下を大切にするのよ。貴女のために、こうして貴女が幸せになれる選択ができるようにしてくれた、彼の愛に感謝する気持ちを、忘れないようにね」 「はい、お母様」 「まぁ……もしも万が一、貴女を悲しませるようなことを彼がするようだったら。いつでも私に相談しにいらっしゃい。王妃殿下と私は、いつでも貴女の味方ですからね」 扇で隠した口元で、優雅にさらりと頼もしいことを言う母に、つい笑ってしまった。 マーサは侍女として一緒に王城に残ることになり、寂しがって私から離れようとしない、困った兄ふたりは、母に引きずられて屋敷へと帰っていった。 私に用意されたのは、調度品も華やかで、公爵家よりも豪華な、王子妃のための部屋だ。 隣にはレイの部屋があり、廊下に出ずとも行き来できるように、内扉がついている。「正式な婚約発表をするまでは、絶対に使わないから安心して」 レイはそう言って、扉の鍵を私に預けてくれたので、この夜は、大きな豹くらいのサイズのロロを抱き枕にして、ぐっすりと眠ることが出来た。 翌日には、叔母様の屋敷にいるはずのナナリーが私の下へとやってきて、とても驚いた。 なんとレイが、前もって呼び戻していたらしい。彼の用意周到ぶりに呆れながらも、ナナリーと再会できたことは嬉しかった。 私とレイの婚約
がばりと、私の方から腕を伸ばし、レイの身体をぎゅううと抱き締める。「――好きよ、レイ――貴方のことが、好きなの……!」 「リーエ……っ」 抱き締め返される力と、口にしてはいけない想いを口にした反動と……素直な気持ちをやっと口にできた安心感に、堰を切ったように涙が溢れた。 好きよ、と譫言のように呟きながら泣き続ける私を、レイはひたすらに抱き締めていてくれた。 ……どれくらい泣いていたのだろう。 ぐすぐすと微かに涙を引きずりながらもどうにか泣き止んだ私は、ぼんやりとした思考でレイの胸元に顔を寄せていた。 ガゼボの周囲、爽やかな風に揺れる、色とりどりの華々が眩しい。 黙ったままの私の髪を、レイが撫でてくれている。優しい手つきまでもが、私を好きだと言ってくれているようで、嬉しい反面、胸の痛みはまだ、続いていた。「……君が素直になってくれて、本当によかったよ」 レイが心底安堵したような溜め息を吐く。「君を迎え入れる為だけに、この数ヶ月苦労してきたんだ。倒れた君にも会いに行けず、方々走り回っていたというのに……。隣国になんて逃げられていたら、全てが水の泡だったよ」 「会いに来てくれなかった理由はわかりましたけど。迎え入れるためって、どういう意味なの?」 「言葉通りの意味さ。第一王子である僕の妃として、ジュリエッタ、君を王室に迎え入れる準備をしていたんだ」 「……レイ。貴方、大切なことを忘れているんじゃない? 私、貴方の弟に婚約破棄されてるのよ」 「そうだね」 なんでもないことのように相づちを打つ彼に、少しだけむっとする。(私がどれだけ悩んだか、わかってるのかしら?) 「弟の元婚約者を妃にするだなんて、民にも貴族にも反対されるわ。陛下たちだって……」 「そこは問題ないよ。父上も王妃殿下も、君のことをあんなにも気に入っているんだ。君が了承さえしてくれたら、反対する人なんていない」 「そんな簡単な話じゃないでしょう? 貴族や国民達にはどう説明するつもり?」 「それも、抜かりない
すぐに通された謁見の間は、人払いがされていた。 すぅ、と息を吸いこみ、腹部に力を入れ口を開く。「ジュリエッタ・ユロメア。両陛下へ出立のご挨拶に参りました」 「待っていたぞ、ジュリエッタ。顔を上げなさい」 さらりと広げていたスカートを放して、姿勢を正す。玉座に座る国王陛下と王妃殿下は、寂しさが滲む瞳でこちらを見下ろしていた。「その外出着……。本当に、国を出るつもりなのですね」 「はい、王妃殿下」 「本当に寂しくなるわ。……貴女はいずれ、王室に嫁いできてくれるものだと、そう思っていたから……ごめんなさい」 「そう泣くな。ジュリエッタが、国を離れづらくなってしまうだろう」 話しながら、はらはらと溢れる涙を拭う王妃殿下に、玉座を立った国王陛下が寄り添い、肩を抱いた。「かくいうわしも、本心としては引き留めたい気持ちでいっぱいだがな。ジュリエッタ以上に、国を任せられると思える令嬢はいないゆえ」 「……申し訳ございません。そのように仰って頂いて、とても光栄です」 再び深く頭を下げた私に、国王陛下は優しく頷いてくれた。「良い。そなたの事情についても、聞いておる。何より、そなた自身の意思を尊重したい。……新しい土地でも、元気で過ごすのだぞ」 「ありがとうございます。国王陛下。王妃殿下」 最後にもう一度、丁寧に礼をして、その場を退室する。 謁見室の扉が閉まりきる最後まで、国王陛下と王妃殿下は、寄り添いながら手を振ってくれていた。「それじゃあ……挨拶も済んだし、私は行きますね」 ここまでずっと付き添ってくれていた父に、声を掛ける。いつも疲れたような顔で、困ったように眉間に皺を寄せてばかりいる父は……今、いつも以上に眉間の皺を深くして、くしゃりと歪めた顔で私を見ていた。「ああ……そうだな。いつ、レイナルド殿下に気づかれるかわからない。早く行った方がいいだろう」 涙ぐむような声に、こちらまで涙腺が緩んでしまいそうだ。ふるふると頭を振って、精一杯の笑顔を返した。 気遣いを嬉し
そよそよと心地良い風が、窓際のカーテンを揺らす。 静かな昼下がり。膝の上で丸くなった子猫姿のロロを撫でながら、ジュリエッタは青空を眺めていた。 小さなノックの音と共に、マーサが顔を出した。「あらお嬢様!もうお支度済まされてしまったんですか?本日はお身体の調子は悪くありませんか?ご気分は……」 「マーサったら大袈裟ね。もう2週間も経つのに、まだそうやって心配ばかりして」 「まだ2週間ですよ。……そうです。まだ、2週間なんです……」 ぐす、と涙ぐむ声に、私は困ってしまう。「マーサ……」 「それなのに……お嬢様、本気なんですか?」 「ええ。もう、決めたことだから」 その声に、迷いの色は全くなかった。 マーサも、それ以上は何も言わず、静かに頭を下げる。「……お嬢様がそう決められたなら、私は従うまでです。たとえそれが、遠く離れた地であろうとも」 「……ありがとう」 マーサの深い愛情に、ほんの少し、うるっときてしまった。「ナナリーは、先に向こうに行っているのよね?」 「はい。お嬢様のことをローザマリー様へお伝えした後、そのままあちらでお嬢様のお迎え準備をしております」 私が隣国に行くと聞いて、いち早く動いたのはナナリーだった。 叔母様の元へ私の願いを伝える役目も買って出てくれて、彼女はもう一週間前から隣国の叔母様の屋敷に滞在してくれているらしい。『私はジュリエッタ様の侍女です!絶対にお連れください!』 泣くでもなく、真っ直ぐな瞳でこちらを見上げてきた彼女の芯の強さは、眩しい程だった。 別の使用人が持ち帰った叔母様からの返事には、ナナリーを褒める言葉がずらりと並んでいた。「早く行かなくちゃ。ナナリーが寂しがってしまうわ」 「そうですわね。……では、参りましょうか」 涙をこらえて、マーサと一緒に荷物の確認をした。 がらんと整理された部屋。荷造りされた数個のトランクと、遠出用の、いつもより豪華なドレス。 最後
それは不思議な感覚だった。 温かく優しい力が全身を包みこむ、心地良さ。先ほどまで痛んでいた身体のあちこちが、どんどんと治癒していく。(これが、女神様の神聖力……) たった一瞬だったけれど、女神の声が聞こえた。 次いで神聖力が身体に流れ込んできたと同時――女神の、強い願いも心へ届いていた。 頭がぼうっとする一方、私に宿った女神の意志が、私の身体を動かした。 持ち上げた腕を、さらりと横に払う。 自然な動作にも関わらず、神聖力がうねるように動き、たちまち私たちを閉じ込めていた小屋が豪快な音を立てて吹き飛んだ。「きゃあああああ!」 「なんだ⁈何が起きた……⁈」 頭を抱えて悲鳴を上げるアリサと、突然の事態にどよめく、小屋の周囲にいた男たち。「何、なになに!なんなの、何が起こってるのぉ…⁈」 「……アリサさん」 半泣きでうずくまる彼女へと一歩踏み出す。「女神様が、嘆いているわ。貴女が穢れてしまったと」 「は……?」 目を見開いたアリサさんは、突然ハッとしたように自身のうなじに手を当てた。じっとその部分を見つめると、先ほどから見えていた黒いもやは、そこが発生源だったのだとわかる。 どうすればいいのか、は、女神の意志が、直接身体へと伝えてくれた。 彼女のうなじへと伸ばした手は、アリサの手に叩き払われた。「触らないでよ!」 怯えたようにこちらを睨むアリサは、周囲の男たちへと喚く。「ちょっと!貴方たち、何突っ立ってるのよ……!早く!この女を止めて!近づけないで……ッ!」 小屋が弾け飛んだ衝撃で、あちこちに転がり呻いていた男達は、次々と起き上がりにじり寄ってこようとする。「――邪魔しないでくださる?」 睨みすえると、身体からぶわりと光の粒子が勢いよく広がり……その粒子の波に触れた大男たちは、波にのし掛かられるようにして、次々と地面へ押さえつけられていった。(これで、邪魔は入らない…) アリ
「……アリサさん。やっぱり貴女だったのね」 縛られた両手をついて、上体を起こす。月明かりを背に、聖女アリサはにっこりと笑っていた。「こんばんは、ジュリエッタさん。気分はいかが?」 愛らしい声で歌うように言って、アリサは手に持っていたランプを床に置く。彼女の背後にある扉の向こうには、鬱蒼と茂る夜色の木々たちと、松明を持った体格のいい男たちの姿が垣間見えた。 相手がアリサひとりだったなら、私の聖属性魔法でも逃げ出すことができたかもしれないが…見える範囲だけでも3人の男たちが、それぞれに斧や剣などの獲物を腰に下げている。さすがにこの人数を相手に、正面突破は難しそうだ。「まったく。貴女ってほんっとうにお人好しよねぇ。暗殺者を片っ端から返り討ちにしていたくせに、子供を使った途端にあっさりと捕まってくれちゃうなんて。どこまでいい人ぶるつもりなのかしら?外面ばっかり良くて、ほんっとうにムカつく」 「あの暗殺者たちも、貴女が仕向けていたのね?」 「私がっていうかあ、神殿がね? 特別な部隊だかなんだか知らないけれど、どいつもこいつも役立たずだったわ」 かび臭い部屋に不釣り合いな、夜色にきらきらと光るドレスが揺れる。 綺麗な黒髪に、黒のドレスを纏ったアリサは、聖女というよりも魔女のような、邪悪な美しさを見せていた。 ドレスの裾が汚れるのも構わず、私の前にしゃがみ込んだアリサ。彼女はクスクスと笑いながら、私のあごに指をかけると、顔を上向かせた。 歪んだ笑顔を、キッと睨み返す。「私ねぇ、ジュリエッタさん。貴女に死んでもらいたいの」 「お断りするわ。聖女であろうがなかろうが、誰かの死を願うなんて、許されることじゃないもの」 「許し? そんなもの関係ないって。私は貴女が嫌いで、大嫌いで、死んで欲しいの。ただそれだけだよ?」 まるで、なんでもないことのようにきょとん、と首を傾げて見せるアリサから、ふわりと甘い香りが漂った。「……?」 (なんだろう、この匂い……香水じゃない、なんだか、胸が悪くなるような……) 少ない月明かりの







